この記事の概要
この記事では,授業目的公衆送信補償金制度,そして,その管理団体であるSARTRASの成立経緯と意義について説明しています.
教育機関での著作権法の例外的取り扱いについて説明した学校は著作権の例外? 改正著作権法35条をまだお読みになっていない方は,ぜひそちらを先にご一読ください.
授業目的公衆送信補償金制度およびSARTRAS設立の経緯と意義
設立の経緯
授業目的公衆送信補償金制度とは,教育機関において授業目的で必要と判断される著作物の複製1や公衆送信2に関する,新しい制度です(以下:新制度).この新制度により,教育を行う者は,原則として指定管理団体に補償金を支払うことによって,著作権を保持している者の許諾を必要とせずに,前述のような著作物利用をできるようになりました.補償金の支払い先である指定管理団体は,一般社団法人授業目的公衆補償金等管理協会(以下:SARTRAS)といい,この新制度に伴って設立されました.SARTRASは,著作物を使用する上で生じる料金を,教育を行う者に代わって著作者に分配する機能を果たしています.
日本は,米国や西欧諸国と比較してオンライン授業の環境整備が遅れていました.平成18年(2006年),文化審議会にて授業のための公衆送信を権利制限の対象にすることが検討されますが,教育関係団体の意見が集約されず結論は見送られました.平成26年度(2014年度)に議論を再開,権利者と教育機関の利害調整は困難を極めましたが,平成28年(2016年)に合意し,新制度の創設を盛り込んだ法案が可決,公布されました.
改正前の著作権法35条では,対面授業における著作物の複製および紙での配布,同時中継で行われる遠隔合同授業などのための公衆送信(複数教室間の中継授業において著作物を画面共有するなど)のみが認められていました.平成30年(2018年)の改正後には,あらゆるオンライン授業形態における著作物の利用が,一定の条件の下,無許諾でできるようになりました.例えば,オンデマンド授業の動画をクラウドにアップロードするなど時間差のある公衆送信や,自宅からの配信などスタジオ型の授業におけるスライドの画面共有や音楽の一部を観賞することが,認められるようになりました.
改正著作権法35条改正は令和2年(2020年)4月28日に施行され,権利者などの利益確保のため授業目的公衆送信補償金制度が新設されました.また,新型コロナウイルス感染症流行という事態の緊急性と重要性を考慮して,令和2年度に限り,特例的に補償金額が無償になることが決められました.
その後,新制度の本格実施に向けて議論が行われ,令和3年(2021年)4月から有償で新制度が開始されました.
設立の意義
制度設立の意義は,主に以下の2点であるとされています.
1. 著作権などの教育利用におけるクリエイション・エコシステムを構築したこと
適切な対価の還元により,創作が活性化され,質の高いコンテンツが生み出され,これを教育現場に活用することで教育の質の向上につながり,ひいては日本の文化・社会・経済の発展に寄与するという好循環が期待されています.
2. 教育向けのコンテンツのサブスクリプションサービスを開始したこと
指定管理団体があらゆる著作物利用について権利の一括処理を担うことで,教育機関は簡便な手続きで著作物が利用できるようになりました.著作者に対価還元することで次なる創作を促す意図もあります.双方にとって,分かりやすく,メリットのある定額利用サービスであると期待されています.
<図1>【引用】文化庁著作権課 資料「教育のDXを加速する著作権制度~授業目的公衆送信補償金制度について~3」2021年1月29日,p. 9-10
<図2>【引用】文化庁著作権課 資料「教育のDXを加速する著作権制度~授業目的公衆送信補償金制度について~4」2021年1月29日,p. 9-10
参考文献
- 一般社団法人 授業目的公衆送信補償金など管理協会「授業目的公衆送信補償金制度」
https://sartras.or.jp/
文化庁「授業目的公衆送信補償金制度の概要」2020年12月
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/pdf/92728101_03.pdf - 文化庁著作権課 著作物流通推進室「コロナ時代における教育のデジタライゼーションに対応した著作権制度について」2020年10月
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/shiryo2020100701.pdf - 文化庁「著作権」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/ - みんなのための著作権教室
http://kids.cric.or.jp/index.html - 改正著作権法第35条運用指針
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/unyoshishin_20201221.pdf
あわせて読みたい記事
-
改正前の著作権法35条では,著作物の複製といえば印刷機による紙の印刷が想定されていましたが,改正後は電子媒体への複製も加味されています. ↩
-
例えば,教育機関における授業目的で,PDF化された著作物を先生が学生に送信するといったことが該当します.この記事では,「公の伝達」といった言葉もほぼ同義で使用しています.公衆送信や公の伝達についてより詳しく知りたい方は,参考文献などをご確認ください.参考:SARTRAS「授業目的講習送信補償金制度とは」(https://sartras.or.jp/seido/) ↩
-
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/bunkachoshiryo_20210129.pdf ↩
-
https://sartras.or.jp/wp-content/uploads/bunkachoshiryo_20210129.pdf ↩